4年の卒業研究

大学4年ともなると,卒業するために研究を行う.
そう,少なくとも慶應義塾では,「卒業するための」研究なのである.
そこに面白味や,未来への明るい見通しがあるものは多くはない.おそらく半分あるかどうかといったところだ.
かく私は,2月から研究に関する勉強を始め,3ヶ月経ったところだが,先週に急遽テーマを変更することになった.
話せば理由はいろいろあるのだが,研究室のボスに自ら頼み,変えてもらったのである.
ボスもそれを快く受け入れてくれた.

大学は一年中営業するものなので春休みからせっせと勉強を始め,素人ながらも研究の難しさを感じ始めている人が多くなる時期である.
ここで必ず発生するのが,闇人...ではなく,病み人である.私だけでなく,友達も病み始めている.

病む理由
1.与えられた勉強をしてればいいわけではない.
2.3年までの勉強と違い,全く知らない知識について一から調べ,慣れない発表を頻繁に行うようになる.
3.先生や先輩にいじめられる.

主にこの3つを外す人はいないのではないか.

輝かしい実績を上げている研究室に入ってみると,求められるレベルの高さを痛感したり,自分の不甲斐なさを感じざるをえないのである.

私自身は,当たった先生(ボスではない)にアカハラまがいのことを言われ続け耐えられなくなりテーマを変更した.
一年間は短いと言われるが,経たないうちは長いものだ.無理してこんな人たちと付き合う必要はない.

大学院でこそ本当の研究の始まりだ.そこで楽しいテーマとめぐり合えれば良い.
そのために,4年の卒業研究を頑張るのは言うまでもないが,より勉強すること,そして今から何をやりたいのか,将来像も考えておくべきだと思う.異論はいろいろある模様.

一年間は忙しいなあ...

大学院になぜ行くの

大学院に行くこと.

就活が嫌で.なんとなく.勉強したいから.

理由は人それぞれ.

特に最近,学部と違って,大学院は行く目的をしっかり持たないとならないなどとよく言われる.

実際,その通りだと思う.

何はともあれ,親に学費を払ってもらっていることがその大きな根拠だろう.

お金を払ってもらうのに,目的がないのはどういうことかと.

ならばどの大学院に行くべきなのか? 学部と同じでいいのか? 

こんな問いかけを行ってる人なんてそんなにいると思えない.

たいていの人にとって,大学院に進学するのは

・理系の就職にとってメジャだから.
・まだ学生でいたいから

この2つに決まっているからだ.

そもそも,大学院進学の意義を問えるかどうかはそんなに重要ではないことなのだ(と考えてしまっている).

というのも,就職時に,個人の深い対話で門戸が開かれるわけではないからだろう.

大学で何を勉強してようが,大学院で何を勉強してようが,たいていの業界で関係がない.

修士卒で就職するのが圧倒的な日本.これはどれだけ悲しいことだろう.

これまでがそうだったから.それが思考停止の源だ.

大学で何を勉強したのか,その会社でどういう働きができるのか? 
本当の専門知識がない学生なんていくら集まっても,世界で勝てないのだ.

そして,
これを企業が追求できるように就活時のリソースを割かないかぎり,日本の発展は絶対にありえないと断言できる.

欧米に限らず,アジアにおいても教育の重要性がますます高く認識され,若者はとにかく勉強している.

日本人学生はそれに比べれば勉強量も大したことないし,遊べば良いとさえ思っている.

たったこれだけの比較,根拠だ.しかし,日本人学生がこういった勉強量において負けるのにこれから海外勢力の戦いに勝てるわけがなかろう.

今はまだその影響が出ていないだけだ.これから20年以後その影響は一気にくるものと思う.

我々学生が,「大人が作ったシステムのせいだ」と言っているばかりでは結局何も変わらない.

20年経てば,今の我々の怠りに対して,そう批判されるわけである.

学部最後の4月を終えた.

もう筆者でさえ,訪れることがほぼないこのブログ.

久しぶりに見てみると,アクセス数は明らかに他人からのものがある.

規模も規模なので中高の友達が見てくれているのか,たまたま通り掛かった人なのか...

大学の友達はこのブログを知らない.



なぜ今日書く気持ちになったのかはほっといて,今,宿題をやっているw

多体系の量子論,久保公式というところ.⬅初めて知った.



この頃,進路もそうだが,生き方について(過度になのか)悩むことがあり,後に見返せるブログの有用性を再認識した.よってたまに書くことにした.これが大まかな理由.

そもそも,中学の時始めたこのブログも,元はと言ったら,小学生時代に通っていた塾の先生がブログを書いていて,それに憧れていたというものもあったカナァァァwwww




さて,上に述べた通り,私は今,物理学徒...のようで,そうでもないような中途半端な立ち位置にいる.
これがまた,多様な選択肢を生み,それに翻弄される原因となる.

卒業研究後,それは大学院に進むことにしているものの,慶應のままでいいのか,それは思考停止ではないのか,
自分のやりたいこと,人生どうしたいのか...

ここまで悩まされる大学生活が待っているものとは,つい5年ほど前には想像だにできなかったことだ.
あの頃は,東大生が「将来,就活が不安です」なんて言ってるのをTVで見て,

「何言ってんだこの人は?」

と思ったものだ.

今,その気持ちは4年生になって痛いほどわかるものがある.


話は,急速に遷移するものだが,このブログを久々に見た時なんと7年前の記事があったりして,「あの頃こんなことやってたなぁ」なんて思い出に浸れる.
これも後日,触れてみたいのだがツイッタの進出と,それに伴う若者の生活の変遷がどのように相互作用しているのか考えてみるのにとても興味深い.




とにかく,日記にできるネタはとても多い.
というわけで,お楽しみなのである.